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岡山地方裁判所 昭和59年(ワ)764号 判決 1987年3月31日

原告

岩水泰生

ほか一名

被告

大隅義之

主文

一  原告らの請求を棄却する

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告岩水泰生に対し、一〇一万二二五九円及びこれに対する昭和五九年七月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告小川修に対し、二二万四七三三円及びこれに対する昭和五九年七月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和五九年七月二二日午後六時三五分頃

(二) 場所 岡山市蕃山町三番三〇号西国道上

(三) 加害車両 普通乗用車(泉五七の九五二六)

(四) 右運転者 被告

(五) 被害車両 普通乗用車(岡五七り九八九二)

(六) 右運転者 原告 岩水泰生

(七) 右同乗者 原告 小川修

(八) 態様

被害車両が前記国道上を南進中、前方交差点(以下、「本件交差点」という。)の信号が赤から青にかわり、前方の車が進行していつたが、交通渋滞のため交差点内が車両で一杯となり、そのまま進行すれば交差点内で信号がかわるおそれがあつたため、交差点入口の停止線で停車したところ、後方から進行してきた加害車両前部が被害車両後部に追突した。

2  原告らの受傷と入通院経過

原告らは本件事故により受傷し、原告岩水は、昭和五九年七月二三日から同年八月四日まで一六日間入院、昭和五九年七月二二日、同年八月五日から同月三一日まで通院(実通院日数六日)し、原告小川は昭和五九年七月二三日から同年八月一六日まで二五日間入院し、同年七月二二日、同年八月一七日から同月三一日まで通院(実通院日数一〇日)した。

3  責任原因―民法七〇九条

本件事故は、被告において、前方の車の流れに対する注意を欠き、さらに前方の被害車両の動向に対する注意を欠いた過失により発生した。

4  原告岩水の損害

(一) 治療費 三三万五二九〇円

(二) 文書料 七〇〇円

(三) 通院費 七一八〇円

(四) 入院雑費 一万六〇〇〇円

1,000×16=16,000

(五) 休業損害 六五万七四五九円

(1) 原告岩水は、岡山西部運輸株式会社にトラツク運転手として勤務していたが、昭和五九年二月、荷積の際、腰を痛め、療養のため休職中であり、同年八月一日から勤務再開の予定であつた。

(2) 従つて、昭和五九年一月の給与額を算定の基礎に用いる。同月は稼働二二日に対し、三四万三二六〇円の支給がなされ、また右支給額以外、実質上は給与の性質を有する食事代一か月当り七~八万円が付加して支給されている。

(3) 休業日数は昭和五九年七月二三日から同年八月三一日までの四〇日間から日曜日の五日を引いた三五日である。

(4) 計算

{(343,260+70,000)÷22}×35=657,459

(六) 慰謝料 三三万円

(七) 弁護士費用 一〇万円

(八) 損害の填補 四三万四三七〇円

自陪責保険から

(九) 右(一)ないし(七)の合計一四四万六六二九円から(八)の填補額を差し引くと残額は一〇一万二二五九円となる。

5  原告小川の損害

(一) 治療費 四四万五八〇〇円

(二) 文書料 七〇〇円

(三) 入院雑費 二万五〇〇〇円

1,000×25=25,000

(四) 休業損害 二三万二六三四円

(1) 原告小川は昭和五九年七月二三日から岡山ベンダー株式会社に勤務することになつていた。

(2) 従つて、給与支給の実績はないが、右会社規定の給与は稼働二五日で一六万六一六七円である。

(3) 休業日数は昭和五九年七月二三日から同年八月三一日までの四〇日間から日曜日の五日を引いた三五日である。

(4) 計算

(166,167÷25)×35=232,634

(五) 慰謝料 四〇万円

(六) 弁護士費用 五万円

(七) 損害の填補 九二万九四〇一円

自陪責保険から

(八) 右(一)ないし(六)の合計一一五万四一三四円から(七)の填補額を差し引くと二二万四七三三円となる。

6  よつて、被告に対し、原告岩水は右損害額一〇一万二二五九円、原告小川は右損害額二二万四七三三円及びこれらに対する本件事故の日である昭和五九年七月二二日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(一)ないし(七)は認め、(八)は否認する。

2  同2は否認する。

3  同3は否認する。

4  同4のうち、(八)は認め、その余は否認する。但し、(一)ないし(三)の費用を要したことは認めるが、本件事故との因果関係は否認する。

5  同5のうち、(七)は認め、その余は否認する。但し、(一)、(二)の費用を要したことは認めるが、本件事故との因果関係は否認する。

6  被告の主張

(一) 本件事故は、原告岩水が必要がないにもかかわらずことさら急停車したため発生した。

本件事故当日は日曜日で、本件交差点付近の交通はスムーズに流れ、渋滞していなかつた。本件交差点では、被害車両の前に一台別の車が信号待で一時停止していただけであり、本件交差点内は車両で一杯であるというような状況はなく、加害車両の後続車は、加害車両の両側をスムーズに通過していた。

(二) 本件事故の衝撃の程度は、物損の状況等からして極めて軽徴であり、加害車両の同乗者は全く負傷していないのにもかかわらず、原告小川は事故直後より過大と思えるほどの症状を訴え、入・通院をしたものであり、また原告らには腰痛等の既往歴があり、これらの影響も無視することができず、原告ら主張の入・通院と本件事故との因果関係に疑問がある。

三  抗弁

請求原因に対する認否6(一)記載のとおり、原告岩水にも、急停車した過失があるから、同原告の損害賠償額を定めるに付きこれを斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるからこれらを引用する。

理由

一  請求原因1(一)ないし(七)は当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一号証の一・二、原告岩水泰生、同小川修、被告各本人尋問の結果によれば、被害車両、加害車両とも南進中、前方の本件交差点の信号が赤であつたため、交差点入口の停止線に従い停止中の自動車(以下、「先行車」という。)の次に、被害車両、その後に加害車両が停車したこと、信号が青に変り、先行車、被害車両、加害車両が次々に発進したこと、被害車両は発信直後、右交差点入口の停止線で急停車したこと、加害車両は、右のとおり、被害車両に続いてローで発進したところ、被害車両が急停車しそうなのを見て急ブレーキをかけたが間に合わず、被害車両後部に加害車両前部が追突したこと、被害車両、加害車両とも発進から停車までの距離は自動車一台分の長さよりやや長い位のものであつたこと、が認められる。

二  請求原因2について

1  原本の存在とその成立に争いのない甲第三ないし第五号証、第七ないし第九号証、原告岩水泰生、同小川修各本人尋問の結果によれば、

(一)  原告岩水は、昭和五九年七月二二日、暈整形外科医院で診察を受け、同月二三日から同年八月四日まで同医院に入院したこと、その診断病名は頸椎捻挫、腰部挫傷であつたこと、同原告はさらに同月四日から同月七日まで旭東整形外科医院に入院し、同月八日から三一日まで同医院に通院(実通院日数五日)したこと、その診断病名は頸部・腰部棯挫であつたこと

(二)  原告小川は、昭和五九年七月二二日、暈整形外科医院で診察を受け、同月二三日から昭和五九年八月一日まで同医院に入院したこと、その診断病名は頸椎捻挫、腰背部挫傷、前頭部打撲症であつたこと、同原告は、さらに同月一日から同月一六日まで旭東整形外科医院に入院し、同月一七日から同月三一日まで同医院に通院(実通院日数九日)したこと、その診断病名は頸部・腰部捻挫であつたことが認められる。

2  そこで、本件事故と原告らの右入・通院との因果関係につき検討するに、因果関係を認める方向に傾く証拠として、前記甲第三ないし第五号証、第七ないし第九号証、原告岩水泰生、同小川修各本人尋問の結果が存在するが、以下に述べること等に照らし、採用あるいは信用することができず、他に右因果関係を認めるに足る証拠はない。

(一)  弁論の全趣旨により成立を認める乙第三号証の一ないし三、被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨により昭和五九年七月三〇日頃、木下孝が加害車両を撮影した写真であることが認められる乙第二号証の一・二(加害車両の写真であることは争いがない。)、昭和五九年八月一日、田淵教次が被害車両を撮影した写真であることが認められる乙第四号証の一ないし三(被害車両の写真であることは争いがない。)、被告本人尋問の結果によれば、本件事故により、加害車両は前バンパーとナンバープレートが少しへこんだ程度の、被害車両は、後バンパーの下部が前方にへこんだ程度の損傷しか受けていないことが認められる。右認定事実に前記一認定事実―特に、本件事故は、加害車両、被害車両とも、自動車一台分の長さよりもやや長い位の距離しか動いておらず、しかも、追突前、加害車両がブレーキを踏んでいることーを総合すれば、本件事故により被害車両に与えた衝撃は、軽微であつたことが認められる。

次に、成立に争いのない乙第九・一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、前記認定のとおりの軽微な衝撃でむち打ち症(頸椎症)が発生する可能性は、完全には否定できないにしても、まれなことが認められ、本件においては、原告ら二名とも頸椎症にかかつたとすれば、まれなことが重なつたことになり、極めてまれな事例であるといえること、

(二)  成立に争いのない乙第六・七号証の各二、証人土井基之の証言によれば、原告らの旭東整形外科医院の入院は、担当医が積極的に入院の必要を認めたからではなく、原告らの希望によるものであつたこと、同医院での原告らの入・通院中、担当医は本件事故に起因する何ら他覚的所見を認めず、専ら原告らの自覚症状についての対症的な治療に終始したこと、特に、原告岩水については、入院中、病室で安静にしておらず、いろんな所へ電話する等して落ち着いていなかつたことが認められること、なお、成立に争いのない乙第五号証の二中には、他覚症状ともとれる記載があるが、証人土井基之の証言に照らせば、右他覚症状には、疑問の余地があること、以上、原告らの症状のうち、確実なものは、自覚症状のみであること

(三)  成立に争いのない甲第一五号証、原告岩水泰生、同小川修各本人尋問の結果によれば、原告岩水は、岡山西部運輸株式会社に勤務中の腰痛事故により、暈整形外科医院に入院したことがあり、その入院中、原告小川と知り合つたこと、本件事故当時、原告らは、右医院を退院していたが、原告岩水は休職中でまだ同医院に通院していたこと、また原告小川も職に就いていなかつたことが認められる。

右認定事実に、前記(一)(二)に延べたことを総合すると、原告らは、職に就いていなかつたこともあつて、本件事故が発生したことを口実に、就労が可能であつたにもかかわらず、自己の症状をオーバーに言つて、入・通院を続けた可能性を否定し去ることができないこと(証人土井基之の証言中にも、原告らはオーバーな症状を訴えている面があつた旨指摘する部分がある。)

三  以上のとおり、原告らの入・通院と本件事故との因果関係を認めることができず、仮に、原告らが就労可能な程度までの傷害を負つていたとしても、それは、当事者間に争いのない請求原因4(八)、5(七)の填補額(かなり高額である。)により完全に填補されていると解することができる。

四  よつて、原告の請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないこと明らかであるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 東畑良雄)

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